霍 乱   中 暑 

 

 霍乱は なりと雖も、 は傷暑なり。是は耕夫・旅客など炎が天金も鑠すほどの大暑に力行して、眩暈・暴熱して倒れなどするのことにて、史記に「禹 を扇ぐ」と見ゆ。又淮南子に「武王、 する人を越下に蔭し、左に擁いて右に之を扇す」とあり、皆傷暑のことなり。霍乱は素問に出て、病形の有り様を以て名ずけたりと諸書に見ゆ。其の形は腹痛甚だしく、手足逆冷、大汗出で、煩渇・乾嘔・転筋・六脈細伏す。是は老壮の別なく、一昼夜ほどに死生の有ることにて俗に大霍乱と云う。数刻苦しめば顔色瘠せ、目上陥り半眼直視して速やかに死す。皆一面斯の如くは病むなれども、其の活きる人、脈細伏と雖も胃気有り。腹急迫すれども腹勢あり。嘔する内に宿物を吐し、又は白汁・米 の如きもの瀉下す。悪症の霍乱は薬水共に吐すれども、乾嘔して快吐せず、吐瀉の無きを乾霍乱と云いて重しとす。必死には非ず。然れども悪症なれば救いがたきこと多く、脈腹を考え合わせて吉凶を云うべし。其の因を考えるに皆食傷なり。食の塩梅宜しければ霍乱はせぬと心得べし。暑傷にはあらで食傷なる故に、吐瀉の有るを貴ぶなり。故に心腹卒痛するに先ず備急丸を先鋒となすべし。快吐下あればたちまちに手足の冷えも返り、脈も出ず。死症は備急丸・紫円の力にも崩れず、或いは薬を吐し、自然に手のつけられぬ様に病むもの多し。

 さて此の症は冷熱混食し、不時、或いは深夜に飽食し、或いは餒たる物、或いは押しつけ味も変ぜんとするものを食するの類、皆此の症を病む。夏は万物餒ようるるの時故、腹内にても消化して大府へ行かぬ中に餒るなり。元より斯の如くは胃中に納れ置くべきに非ざる故、即ち痛みを発し、件々の形に病むなり。夫れ故、霍乱は快吐下しては一、二日に全快す。内発の病に非ざる故なり。中正湯にてよし。下り過ぎるには大黄を去ることもあり。悪心嘔逆止まぬは烏梅を加えることも有り。暑に傷れたると云う気で寒冷の薬を与うべからず、甚だ渇すれども白虎湯の渇にてなし。如何にも平和を貴ぶ。金匱には人参湯・白虎湯を用いたれども、此の句、傷寒論になし。是は の治法なり。先ず理中湯、厥冷せば附子を加う。真武湯・四逆湯、見合う次第なり。嘔逆止まず、水薬口に入れば直ちに吐するは五苓散なり。夫れも受けぬは小半夏加茯苓湯なり。附子を加えることもあり。一口切りに効を取りたしと焦るべからず。嘔吐煩悶止みて睡を催すと、やがて四肢温々、脈も復すなり。腹痛劇しきには天枢・神闕に灸すべし。味噌などを敷いて温まることもあり、見合い次第なり。霍乱に灸は至って道具なり。関元・気海もよし、又手にもあり。転筋の強きあり、無きもあり。

 寛政壬子、盛暑久旱して人々困窮する時、痛風を患う人多く、又は攣痛するもの有り。軽きは薬用にも及ばず、暫らく宛患いたり。転筋と同因なるやと思わるる。河間曰く「熱気、筋に燥爍すれば則ち攣 して痛む」と云うもの是なり。又夏月中暑したると云いて、頭痛・四肢掌熱・悪心するに、田間の人、小麦藁を煮て其の湯にて浴す。また蓼を揉みて足心に塗るの法を行なうは縁所あり。万病必ず癒ゆ。又曰く「霍乱・転筋は大蓼一握りを用う。湯に煎じ、盪洗す。壮人は麦糠を以て之に代う。 理開き洩れせしむ。陽気和するとき、則ち癒ゆ」とあり。

 さて中暑には 香正気散・香需散などを用い来るなれども、是薬の利くに非ず、三黄湯・桂枝湯などの症多きものなれども、晩来新涼になれば薬せずも治す。不換金などにて置くべし。盛夏の時に飢えを覚えず、頻りに飽満の心地するは停食したるなり。早く中正湯を用ゆべし。悪心などすれば停食と心もつけども、大暑に困りたるなりとて補薬を用ゆる中に霍乱すること有り。又注夏病には方彙の参帰益元散を用ゆ、其の筋大いに懸隔す。高貴の人へは夏になれば御補薬と号して清暑益気湯、或いは生脈散などを用ゆるは誠に佞諂の至り、悪むべきことなれども、亦勢い如何ともすべからず。寒暑は天地の正気なり、人を破るの気に非ず。修身すれば自ら安全なり、不保養なれば寒暑の気のみ中るに非ず、夜気・雨露・温涼に至るまで人の祟りをなす。修身・盛徳の事は一言も言わずに補薬を以て其の人を壮健にせんとするは如何ぞ。有識の人を恥じずや。

 霍乱したるを救うに、人をして尿せしむるのこと金匱に出ず。途中などならばさもあるべきことなり。是は腹を温めるの主意にて、即ち灸法と同意なり。艾は不時の備えに身辺を放すべからず。

 霍乱、吐利・腹痛して多く米 汁の如きを下すを見て、一医大黄牡丹皮湯を用いてあるを、人参湯一貼にて治したることあり。全く腸癰と形を同じくし、食滞より因も同じにあれば、必ず誤りたりとて無理ならず。されども此の如くすれば乍ちに人を殺すに至る故、兼ねて意得べきなり。

 

  人参湯  真武湯  桂枝湯  四逆湯  三黄湯  附子理中湯  小半夏加茯苓  湯  五苓散(以上傷寒論)  備急円(金匱)  紫円(小児門に見る)  増損白朮散(銭氏白朮散方加乾生姜、簡易方に出ず)  中正湯(蔵方)

 

  灸  天枢  神闕  関元  気海  清冷淵