痢   泄 瀉 

 

 痢は古名に非ず、帯下と云うと有れどもさにも非ず。素問に腸 下も見ゆ。難経に大癖泄と云うもの痢なりと云う。既に金匱に下利篇あり。桃花湯、白頭翁湯を見るべし。夫れ痢の字は二便の下るを利と唱えてあるを後世 を加えて大便の下る病に用いることになりてけると見たり。腹の下るの名、種々にして弁するに暇あらず。裏急後重して赤白の物を下すを痢とし、熱多きは皆、舌上黄白、或いは黒胎にもなる。渇を引くもあり、譫語・嘔逆・自汗など是有るを疫痢と云う。只サット下るを泄瀉と云う。水の如くに下るを水瀉と云うとの外、過分に下るを洞泄と云う。不断に腹の悪いを腸滑とも、又鴨瀉とも云う。左伝に河魚腹疾と云うも腹の下る病の事なり、と云う。暁において腹の冷えたる様に便心を催し、夜な夜な下るを五更瀉、或いは脾腎瀉とも云う。是は虚損の人、或いは老人は不治になる。古人も嫌がりしなり。其の久しきは腫に変じて足などから催す。故に時々心をつけて見るべし。書籍に赤は熱、白は寒に属すとて、痢病に寒熱の見分け様あり。然れども赤白雑下す。若し誤りて温薬を用いば腹痛増し、小便渋滞、或いは熱勢加わり大病となる。の人、其の質弱きを見て渋らず。薬を用いて死する人、時々見受けたり。

 最初は如何にも発散を専らとす。疫痢は猶更葛根湯を用いて表を達すべし「下利する者、主る」と云う句は仲景の法なれども、世人軽々しく看過ごし神験の方を用いず。宜しく常に用いて其の効を知るべし。平人も偶には食物の消せずことも有るならん。常に改むる物に非ざる故に其の人も知らずにすむを、痢を患れば一々に改める故、消化せざるを見て傍人の騒ぐにつれてすはや不消は寒に属すとて誤ることなかれ。七、八十行以上の痢は食し罷めば即時に下る故、完穀、色も変わらず下ることもあり、驚くべからず。消する間の無きにて真の不消とは違う。又寒となすべからず。よく外候を見るべし。

 一種冷痢と云うあり。是は久虚の人、或いは食滞の治せざるにあり。或いは旧痢久しく癒えず、腹微しく脹して冷痛し瀉下す。是は寒に属す。食物も消せず、即ち仲景の清穀下利と云うなり。附子の主る所なり。然れども多くは疝に属するものあり。腹中雷鳴、生姜瀉心湯の症に似たり、いつも疝を候う処を按じて見るべし。

 白色の便に限ることには非ず、赤色もあり、何程赤しとも熱に属せば、又休息痢と云うあり、最初より此の症にはならず、常の痢を病みて一たび治して未だ日を経ざる中に、冷えにか、又は食にか傷つけられるは、又前の如くに下る。夫れが癖になり、少しのことも障る故に、終には治し損ねて五日も下る。小児には別て多し。是は寒に属す。

 禁口痢と云うもあり。毒の強きは熱も強く、すべて嘔吐を帯びて甚だしきは水飲共に吐逆す。是は甚だ難治にて小児は九死に一生に至る。此こに論ずるの外に数名なり。諸方書を読んで知るべし。

 以上の症、小児にも皆あるの外に、疳痢と云うものあり、外候皆疳の形になるのみにて、痢なり。ここに至れば急症なき故に、十に七、八を救うべし。是亦初起にはなし。日を経て此の疳症になる。口鼻の気に冷意あらば、銭氏の益黄散至験あり。此の疳痢は疳を治すべし。悉く小児門に記す。

 又驚を兼ねたるあり。食を兼ねたるあり。暴卒に発熱発驚、一、二日にて死すること夏月に多し。是は痢にて見分け様はなし。脈候・腹部・面色の目利き第一なり。常の痢に比して治すると。足元より鳥の起つと云う目に出合う痢は一、二行にても熱強く、煩渇し数脈、時々ため息し、音声細く高くかなきると云う声にて眼勢なく、或いは吐逆発驚して半眼になり、熊胆、或いは紫円を与う。或いは多分灸をしても更に気のつかねなど、一、二時に死す。是を無睾病と云うべけれども、疫痢なり。皆死病なり。能く能く意をつけて見るべし。

 小児俄に一、二行下利し、陽厥して手足の冷えるあり。附子の症となすべからず。一体陽症にて在るものなり。如何にも毒の強きなり。其の毒伏結して厥冷するなり。虚脱し厥冷するとは違うなり。されども至って悪症なり。紫円を用いて一時に厥を開き効を取ることあれども危篤の症とすべし。厥かえりし後は世人三黄湯にする所なれども、葛根湯を用ゆ。微驚の気あるとも先ず表を解して見合わせる内に順候出ば救うことも有り。小児の痢は至ってむつかしきなり。軽く見ゆるとも、あなどるべからず。悪症は揺頭と弄舌と小便不利、或いは小便に白濁を帯びて陰頭へ白く乾きつくもの毒深し、早く止みしは救い得るもあり。又白濁するは虫積の候なり。小児の痢は難治多し。死症と極めておいてよき位なり。

 大人小児共に熱強きは血痢になり、純血を下す。凡そ下る物の色が悪しきとて難症とはせず、諸症によき所あれば夫れを佳兆とす。諸症悪しければ下る物の色も凶と為し、吉と為す故に是亦心をつけて看るべし。

 痢は快下せず、裏急後重し小便も大便の度々に通ずる故、少しばかりずつ通じ、或いは通ぜず。大便通じても何時までも厠より帰る気のなきものなり。小便通ずれば夫れにて便心止みて帰る。大便より前に小便の通ずるを佳兆とす。又大便心は無く小便心は有りて、小便ばかり通ずるは甚だ佳兆なり。始終此の容態をば問うべきなり。何れ小便の快通は吉兆なり。赤白痢数行の内に常の大便の通ずるは佳兆なり。しかし其の通ずる時、腹痛堪え難きほど甚だのものあり。昼夜数行、腹痛後重甚だしきも熱無しは佳兆、食味進むは佳兆、多く夜少なきは佳兆、昼より夜の下り多きは悪し。嘔気のあるは凶兆、小便閉は凶兆、下利は少なく熱の多きは凶兆、熱のさめぬ先に下利の止むのは不順、初起に嘔せば葛根加半夏湯を用いて熱を解すべし。必ず早く方を転ずべからず。痢自然に減して快きものなり。 葛根湯を用いて度数減ずるは何時までも葛根湯なり。後重強くならばそこで毒を疏滌すべし。合壁飲にてよし。傷寒の方法にて、引く風邪もよくなると同意にて泄瀉も痢と同方にて宜しなり。金匱に気痢と云うを出せり、是は大便心俄に催して、取る物も取りあえず走りて厠に行けば、頻りに肛門へばりて通ぜず、一快下を得たらば此の苦は有りまい、といつまでも居るに終に一点の糞汁を下す。又夫れも無く、一滴の小便通ずれば腹痛便心止む。是は合壁飲去大黄加木香檳榔子を用ゆべし。是も疝に属するもの有り、夫れは心得て居るべし。いよいよ疝と見たらば痢を捨て疝を治すべし。又血痢とて裏急後重して純血を下す。又膿血を雑下するも有り、先ず合壁飲を用いて後に桃花湯を用ゆ。熱の甚だしき中に用いては験無し。熱のさめたる時に用ゆべし。夫れ故に傷寒論に二、三日、四、五日の字見ゆ。味わうべし。用ゆれば血止まりて水瀉の様になる。勢い甚だは血色薄くなるなり。是赤石脂の力なり。赤石脂は白湯にて散服してもよし。又血痢諸症多きものには赤石脂ばかりにてならぬことも有らば主方に用ゆる諸湯へ赤石脂を兼用にすることもあるべし。 五更瀉は虚症にて実に属せず。又寒に属すべきなれども、最初の治を失して此の症になる故に、其の元を治して効を得るもの有り。元を治すとは後重の気味あらば合壁飲にて疏滌して見るべし。然れども虚に属するものなれば一貼きりに病体を看、効無くは早く方を転ずべし。寒疝に属するもの多ければ其の症候を尋ねて烏苓通気湯を用ゆるに意外の功を取ること有り、少々は症候なしとも用いて見てよし。

 嘔を兼ねては禁口痢となる故に、甚だ凶症とす。嘔を悪症とするは此れ故なり。黄 加半夏生姜湯・半夏瀉心湯・六物黄 湯、外にも柴胡湯など見合わせ次第なり。鯉膾の法有り、時々効を得たり。其の法、常の膾に製するなり。久痢に烏梅の効あり、虫積にて嘔吐の出るは猶更烏梅円を煎服すべし。痢病に構わず、後重甚だしきときに芟凶湯を用いて効をとること有り。是は久痢のことには非ず、如何にも薬を受けぬは小半夏加茯苓湯を用ゆ。も受けぬは伏竜肝汁を以て薬を煎服すべし。十人が十人飲むものなり。飲み受けたらは粳米を加え胃気を助くるの手段をめぐらすことも有り。さて夫れとも吐逆止まずには一奇方あり。諸嘔逆、水薬を吐するにミソハギの穂を用い、花を抽て未だ開かず時に五、六寸に切り、陰乾して茎葉ともに連ねて煎服す。神験なり。伏竜肝汁の煎法のことは婦人悪阻の処に詳らかなり。又五苓散の場も有るべし。

 瘧を兼ねたるを瘧痢と云う。是も葛根湯なり。後には柴胡加芍薬などを用ゆることなり。因考』に瘧痢同因に論じたり。瘧の奇怪なるは痢の因と異ならんと思いしに、後に考えれば下利する人、初起の時、鰹膾をくらえば即時に痢止み却って秘結を患うる者あり。乾柿を味噌に煮、或いは炮食す。東海の人は京のひもと云う、海草を味噌に煮食す。皆痢を治する奇品なり。又韮を煮食と寒中の餅、並びに鶏卵を食べ、罌粟殻を煮服して痢の止むは其の理も解すべきなれども、山民魚に乏しい地にては茄子・冬瓜類を酢味噌にて食して痢を治す。外にも奇薬あるや未だ聞見せず。さりながら漫りに行なうべからず、小便不利して腫を催すことあり。酢にて止まるやと思わる。又瘧は酢にて再び復す。瘧の巫祝、或いは奇薬にて截ると同意と見ゆ。先年岩城の湯本村へ招かれたりしとき、里医曰く、此の地の人、瘧と痢を病まずと、因りて知る。艮山の説、信ずべきことを読む頃、『張果医説』に曰く「虞井甫、道中暑に冒すに因って泄痢疾を得る。夢に一処に至って神仙の居に類す。一人服を被り仙官の如く、之を延いて坐るに、壁間を視るに韻語有り。薬方一紙、之を読み其の詞に曰く、暑毒脾に有り、湿気脚に連なり瀉せざるは則ち痢、痢せざれば則ち瘧。独り煉雄黄蒸し餅を薬に和し、甘草を湯に作り之を服せば安楽なり。治療を作すは医家の大錯夢、回って方の如く服す。遂に癒ゆ」。蓋し是等に拠って考えたるものか。 痢病に熱の有無も問わずに、天枢に灸するもの有り、冷痢・久痢、別て疳痢などには捷法とす。

 毒尽きて下るも減りたらば、黄 湯にすべし。其の後調和は桂枝加苓朮湯、小児は弄玉湯、下のしまり塩梅にて加附子にもすべし。又大便いつまでもしまりかねるには青陽丸を兼用することも有り。又幾日も腹冷痛して一、二行下るは桂枝加苓朮附湯にてよけれども、は疝瀉あり、烏苓通気湯を用いて速に効有り。

 下利数行して脱肛することあり。跡にて治すれども乙字湯にして痢中に治することもあるべし。痢も止み脱肛入りがたきは補中益気湯にすべし。此の外に益気湯を痢に用ゆるは『張氏医通』に「裏急 に登り、頻りに衣を汚す者は脱気なり。益気湯去当帰加木香、甚だしきは附子を加う。或いは四君子湯加附子、木香」と有り。是は大便心有ると直ちに下りて衣を汚す、途中にて不調法の出来たることなり。又痢病の肛門しまらず、筒の如きになりて居るは脱気の候にて小児に多し、悪候なり。腹の俄に背につき腹勢削り去るが如きは死す。小児は一夜の内に斯の如くなることあり。必ず泣き声細高にて常の音に変ずるなり。 小児の痢、治せずに熱無く清穀するに至り、肉脱して難治とするもの建理湯を用いて功を得ること時々見たり。疳痢は烏梅丸を煎服し腹に灸をする。熱痛なくば幾日もするなり。壮数は三十、五十壮より百壮にも至るべし。弄玉湯、又は鶏肝丸・佐々羅丸、山脇の新栄丸兼用すべし。疳痢になりたらば下すべからず、温補すべし。委しくは小児門に語る。又小児の大便に青菜の絞り汁の如き色を下すは冷に属す。驚を催すなり、と医書にあれども、是には弄玉湯を用いて天枢と不容に灸すべし。又附子を加えるも有り。母、少年にて夜中小便の手入れ悪くて冷えて辱に臥さしめたるなどにも青き糞をくだすものあり。弄玉湯加附子にてよし。

 

青陽丸  老少陳久下利止まずを理する方。

  黄蘗

 右糊丸、毎服一銭数服す。大便黒を知ると為し後服を止む。

  葛根湯 柴胡湯 黄 湯 半夏瀉心湯 烏梅円 桃花湯(以上傷寒論) 芟凶湯(虫 積に見る) 建理湯(理中湯、小建中湯合方なり) 烏苓通気湯(方彙) 合壁飲  乙字湯 弄玉湯(蔵方)

 

灸 天枢 関元 不容