叢 桂 亭 医 事 小 言   巻 之 四            

 原 南 陽 先 生 口 授 

                                       

      門 人       伊 予   向 居   克     筆 記 

           

                讃 岐   渡 邊   徳     校 正 

 

   労さい    

 

 労★は難治に極まりて医薬の治する所に非ず。幾千百の方を用いるとも必死とす。労とは心労房労して成る病の義なれども、夫れとは異なり★は詩の小雅に「上帝甚ダ蹈ム、自★無シ」とあり。伝に病なり。又戦国策の註にも病なりとありて、今の労証のことに非ず。に労病なりとあるは、後来の医家の説によりて、註解を作りたるならん。肘后方に出たるもの医書にては始めとすべし。医説に★は必死して祭らるるの義なりと見ゆ。又医宗金鑑に★は敗ともあり。是等の註にあたるべし。此の如く大病なれば素難より論じてあるべきなれども一言も是に及ばず。蓋し古の無き病か。又は此の論紛失したるや、今は知るべからず。金匱に始めて虚労を論じたれども、得と今の労病に的当せず、腎虚を論じたり故に脈浮大弦遅を説く。五労の名も金匱に出たれども闕文ありて、其の一々は病源候論以下千金、外台に論じ、下宗元に至りて詳しく記する所に虚損不足を労★に組み入れるは甚だ不吟味なり。肘后方に骨蒸熱とあり、其の熱の形は骨蒸と云う二字に尽くしたり。此の病は始め発するは咳嗽なり。風を引きたる咳嗽と少しも違わず。又風を引きたるに相違もなし。脇より見ては何れにも軽症に見える。其の大病に至るは其の咳嗽いつまでも止まず。小青竜湯など寸効なし。起歩に短気し、微寒熱毎日午前後より催して床に臥するにも及ばず。そろそろと気重くなり総身痩せて飲食味無く、此に種々の証あり一同ならず客を見ることを悪しみ、暗室に入るもあり、元気快爽にて言談快暢するもあり、食物味を変わざるもあり、此の証半途に至れば、痰の殊の外に粘するもあり、臭きもあり、白きもあり、黄を帯たるも其の内に血線とて血を絹糸の如くに交わるもあり、桃色に一面に交わるもあり、鮮血ばかりも、又は血點交ざるもあり、黒血或いは薄墨の如く交わるもあり、紫血の交ざるもあり、何れにも凶候なり。始めは寒熱もなく、咳嗽して痰血の出るもあり、労 に非ずとも凶兆なり。況んや、其の催と見える病者ならば大事なり。何故此の如くなりと云うに積聚門に論じたる通の胎毒に根ざして新血を栄えずして乾血★滞の人風寒に傷められて咳嗽を発し、愈えんと欲するの時に調節宜しからず、或いは労動することありて軽邪にても散じそこねて数々再復し労になる。或いは瘧の寒熱退かずして遂に労になるものあり。是を労瘧と云う。又は疫後などより労になる。又婦人産後に発するを蓐労と云う。小児を疳労と云う。皆同因にて其の小児の疳労は十に七、八を治すべし。瘧を煩わずは労★にはなるまじきものを、産をせずんば労 は煩わずと云うべからず。元来発する毒をば貯えたるもの瘧や産に誘われて発したるなり。今や見つかずとも何の時にか是非に発するなり。世医風労痰労などと名目するは外に深意別因あるに非ず。風引きより労を誘い出たるを風労を云う。痰咳の強きを痰労と云う。俗人に見立て上手なり、などと云う評判さするまでのことなり。さてかくの如く胎毒を蓄えて血分爽やかならず行く行くは労をも病と云うひとなる故に、常に沈黙して不元気なるものなり。快暢活気の様にても少しのことに意掛などする性質なるものなり。又肥えたる人に少し是亦 毒ある故に痩せて肥ること能わずなり。其の発するに遅速のあるは外より動かされて発するなり。是は血気既に盈んとすれども、毒ある故に潤沢せず。情欲動き、世努或いは其の身の稽古修業などに心労する折から外感に誘い引いて発するが故なり。老成に至れば情欲も心労も一通り手合いすみて労すること薄く、俗の所謂身を鍛えると云う気味にて、胎毒を畜えたる人も労を免れるなり。されども其の後に至りて、噎隔を病むも中風するも鼓脹になるも、其の因は一毒にて古より名医哲匠どもの手を束ねたるところなり。さて其の病の吉凶は脈にあり、数にならぬは諸証労に似たるも難治に非ず。只其の必死とするもの脈細数の一条にあり。其の病未だ発せず飲食元気平日にて無事なれども脈細数にて熱あるやと見ゆる人あり、経年に労を発するを時々見たり。臥床せずに病むもの多し。夫れ故に俗医ども労の床に着きたるは如何ともすべからずと云うは死期の近くなりたるのみ一体労の難治なるを知れども、其の脈候を自得せざる故に、もしももしもと思いたる人の語なり。臥床するを以て難治とせず、細数を以て難治とす。労に似たる病甚だ多し、それを治して労を治したりと覚えたるは古より多しと見ゆ。先ず第一に似たるは気癖の人なり。繁華なことを忌み、暗室に引っ込み、人と談論容接を悪しみ、或いは他出を嫌いさいたることの無を取り越し苦労をし、或いは人の己れが短を議するかと疑い、飲食美なる時あり、食のならぬ日もあり、夢多く安眠ならず、自らも労 なりと覚悟して千万教誨すれども飲み込まず、或いは人に対して不義理をしたり己れの心底の届かざると、先ず非を悔い心中に是を繰り返すに暇なく、或いは常に病証を考え、人に対しては病苦を告げ訴え、同事を幾度も云う、其の人眩悸上衝心煩微悪寒乍ち来乍ち去る、其の病状は医も知らざる所あり、己れ一人の病にて天下に斯の如く病はなきと思う。仲景所謂百合病と云うものは此れを指すか百合・知母を用いるに未だ其の験を得ず、此の上猶試みるべきか。甚だしきは睡中に死せんことを恐れて独処すること能わず、看病人を少しの間も離さず★★驚悸す。又起居常の如くなれども門外へ出ること能わず、傍人これを勧めて移情変気の法を行なわんと、見物遊山などを催せども趣かず、強いて誘われても芝居の一幕も見ると逃げ帰る。又信心念仏などを勧むれども逐いて誦ずること能わず、何故と穿鑿すれば芝居の面白からざるに非ず、信心の嫌なるに非ず、此の如くにまぎれる時は、己れの病気を考えること能わずを以て、閑居することを好み、甚だしきは繁華の処に臨まんとすれば手足の心より冷汗を出し、面赤く眼の様子まで変ず。千万教誨異見すれども一向に用いず。是は素問に出たる心気痿と云うものなり。日月を経て自然と治す。貴賎貧富の論なく、志願遂げず心中を傷つける人に多し。先ずは決断のなき人なるものなり。大驚の後にも発す、自らも労★なりと覚悟して死を待つのみになる。此の内に心気不定乱心するもあり。又疝気と云うものも以上の状をなす気塞がることあり。疝を治して効を取るもあり。俗人皆是を労下地といえども細数ならず、酸棗仁湯・柴胡加竜骨牡蛎湯・温胆湯の類を用うべし。是に巫神湯奇効を得ることあり。咳嗽痰味の粘を吐くに皮弁散何れの方えも兼用すべし。眩悸常に舟に乗るか如く手足煩熱せば参連白虎湯、心煩するには半夏瀉心湯もよろし。是を治して労 を治したりと思うは笑うべきなり。然れども此の病も不手入にて筋の違いたる治療にては死に至るべし。病者の虚実にもよるべし。夜中眠ること能わずには狂すること多し。無病の人、風と眠ることならぬは狂の兆しなり。狂の催しと見たらば瓜蒂散の場あれども是は別に教ゆべし、柴胡加竜骨牡蛎湯を用うべし。朱砂安神散を兼用することもあり。気癖の人に用いて験あり。又微疫数度再復したるもの真労に似たり。証候を詳にせざれば大病に至る。其の至るときには労に非ずと雖も死するに至る、慎むべし。是は労なりと心得て誤って四花の灸などして外邪なれば火逆する故大病にするなり。其の舌白胎黄胎はもとよりなり。胎なく只地荒れしてざらつくも横竪に裂けて有るも又皮のむけたるかと見ゆるも舌の薄くつまりて見ゆるも疫に属す。是は労の形なくふらふらと食乏して煩は微疫を知らずなり。病となして誤治することあり。此の症に逢えば最初に悪寒したること有るやと問うに、有ると云うは猶更時過ぎる故忘れているもあり。右舌候を以て疫なることを知って治すべし。衂血するも有り少しも熱の往来有るは軽疫かと心得よ。又労を発せんとする人、疫を受けて合病するは甚だ劇症にて救う法なしの死症なり。痰唾の臭いは肺癰を催すあり。肺癰は治すべし。本病は必死なれば救う法なし。又瘰癧も労形を為す。蓋し合病するもの同じく死症なり。是亦 血の因に係わって労と併病にあらずども死するものあり。馬刀瘡とも馬刀狹 などともあり。根どりたる所、馬刀に似たる故其の形象を以て名づける。瘰癧と云うも耳下頚の所に瘰々癧々と幾つもグリグリの結するを以て名ずく。このグリグリは俗に痰核と云うものも同じに見ゆれども、底はなれて根浅し。さて痰は此の如く固まるものに非ず、皆絡中に 血の結したるなり。小柴胡加石膏湯神験あり、葛根湯も脊椎の張るをめあてとし五物解毒湯は膿汁にならんやと云う味の所より用ゆ。又尺中を刺し血を去るも良しとす。先ずは小柴胡加石膏なり。法は翹玄湯是も化毒丸を兼用すること有り。灸法あれども未だ其の験を見ず。是も労と併病ならざるものの治法なり。灸法は瘡瘍全集等に出たり。又香川が肺癰を労の一証とするは一概なり。労の中頃より後に此の症を併病するもの多ければ、是を見て論じたるならん。肺癰かと思えば膿なく、痰唾は臭し。是こそ 疾の一種なり。○労の候は腹皮離れて薄く下に板を按ずる如くに引っ張りて潤いなく脊に着て或いは乳下より左右へ伏梁あり。任脈凹になる或いは皮上に細絡青く見えて一面に拘急するもあり、金匱に裏急と云うものに建中湯を用いる所を味わえみるべし。細動悸処々にあり呼吸の応穏ならず、即ち少気なり。夫れ故に座敷の内の歩行にも息切れて脈を見せんとて居直りても短気になり小鼻扇ぐ。甚だしきは胸肋も扇ぐ。又肩息す。肩背の諸骨呼吸につれて動くは凶候言うべからず。唇赤きに過ぐるものあり。或いは面には痩なく臙脂を粧うが如くは桃花 と云う。又すべて体は痩せて色青白にて両顴ばかり紅を点するが如きは帯桃花と云う。察色に詳にす。盗汗自汗出て、少しく睡るにも髪際に汗す。婦人は此の病を発せんとすれば先ず経閉する者なり。破血の薬を用いて大便下痢するあり。又大便始終滑なるもあり。○労に伝尸と云うことあり。或いは伝尸注と云う。注は外人に流注するの義なり。肘後に鬼★一門相染ともあり、是を伝尸労と云う。一人病めば血脈のある人へ伝え死す。又他人に伝えることもあり。老人の人へ伝えることもあり。如何なるわけを知らず。甚だしきは門を滅するに至る。薬灸して偶治したる様に思うは労にて死したる人の兄弟など其の病の伝えるを苦労にして自ら迎えて気を結び不元気になりたるを外人も労を伝えたりと取りさわげども、実は真に非ざるものにて前に云う所の気癖の類なり。灸薬にて治したりと俗医共に思う。是は時々見る所なり。労は何れにも必死なりと知るべし。外台に引く所の文仲の伏連病と云うもの伝尸の名なり。臨哭して伝ゆるの説あれども、必ず然るべからず。外台に蘇遊論を引いて曰く「伝尸の疾、本無端に起きる。(胎毒の因に属することを知らず故に無端と云う)老少男女を問う莫し、皆斯の疾有り。すべて此の疾相剋而して生ずる。先ず内に毒気を伝え、五臓に周遍す。漸く羸痩に就く。以て死に至る。死訖りて復家親一人に易わる。故に伝屍と曰く。亦伝注と名ずく。其の初めて得て半臥半起するを以て號して★★と為す。気息して咳する者を名ずけて肺痿と曰く。骨髄中熱するを称して骨蒸と為す。内は五蔵に伝うを之を伏連と名ずく。觧療せざれば乃ち門を滅ぼすに至る」。

 肺痿は労の一証なること徴とすべし。予兼ねて思うに伏連は伏流などの状にて何れより来るも知れずに連りて病む故に伝尸のことを云うなりと解せしか。ここにて見れば五臓へ伏連したるの名なり。証治要訣に曰く、「五臓中に皆労蟲有り、名ずけて労 と曰く。以て之を医し難し」と云うことは其の難治なる故、蟲ありと云う説おこりたるや、東門随筆中に労咳異形の蟲を吐したることを記したり。一医労蟲を治するのことを説いて人聴くを惑わすものあり。其の言に曰く、「労蟲は胃中に生じて漸々肋間の肉を蝕す。此の蟲甚だ霊なり」仍ねて竊に牛黄丸を製して急に与えれば、蟲これを避けること能わざる故薬験あり。若し此の事を病人に諭して用いる時は験なし。其の用いるに、手延★にては肋間の肉を蝕したる痕愈えずに蟲は殺しても共に難治なりと云う。又西京の萩台州祝法にて労蟲を取る。果して如何なるや、凡そ治労の奇方と称するものは多しと雖も、終わりに其の験を見ず。皆是似たるものを治したるならん。四花の灸は古今一面に奇効を説く。予も亦常に是を用ゆれども必ず真の労は治せず。久痰或いは気癖などには効あり。白虎湯・竹葉石膏湯・柴胡桂枝・柴胡姜桂の類は皆似たるものを治するにて真の労は必死なり。後世の帰脾養栄の類なり。骨皮・黄蘗・知母なども何ぞ効を望まん。元来其の発するは外感に属して病付くもの十に七、八なれば補法を投ずるは了簡の有るべきことなり。獺肝冷労を治すと云うこと金匱に肘後方を引きたり。冷労と云うものは其の証候い知るべからず。直鮮などに先ず冷に傷れて後に労になりたるなどの証あれども今見る所は熱に属して骨蒸するものなり。獺の労を治することは水狗丸を小児の疳痩・潮熱に用いて弁ずべし。骨蒸に効あらんは深思して知るべし。又義順丸も異験あり。人胆人油の類才覚のしにくきもの故、俗人大いにこれを貴ぶといえども、真労を治することは望むべからずなり。脈細数に至りては必死なり。其の内に老人の労は俄に数にならず、壮年の人は急に数になるもの、初めより数になるもの多し。世の中に才気ありて敏捷の人多く病む簡雅の人には反って少なきは其の人とならんずる時、少し屈撓あるによりて志意遂げざるなどより中気抑欝すると見ゆ。又太宰春台の真珠丸効あることを説くは似たるものを治したるなるべし。今之を用いるに下利下重すること甚だしく大いに用いにくし。頃東都何某の方とて一方を伝う。

人参 熊胆 蕎麦 三味等分丸服すと云う。寒熱咳嗽発散の薬を数日用いて治し、兼ねたるに柴胡桂枝湯を用いて咳は止み、熱の往来治せざるには鼈甲を加う。鼈甲は瘧門に云う、破る故に熱の解する意なり。さて此の咳に潤いあって痰もよく切れて吐し出すもの盗汗あらば猶更是は無しとも柴胡姜桂湯を用いて効あり。金匱要略に大黄 虫丸を載せて五労虚極羸痩腹満飲食すること能わず、七傷を治することを説いて、内に乾血あり皮膚甲錯面目黯黒を治することを記せり。是を医燈続焔にも引いてあり、古人補薬と云うもの斯の如く品味にて 血を去りて後に新血を生じ栄するを以て補薬とする味面白きことならずや。労 は従来 毒に属するものなれば此の 虫丸の意を含んで治すべし。仍ねて化毒丸も此の味なれば諸湯に兼用するなり。此の病、万に一にも治する医の有らんと早く辞退して賢路を開き良工の治理を尽くさしむるを善とせんや。元来死病なれば己れが識る所の方術器量を尽くし、こいねがわくは其の効を試みるを善とせんや。

      

翹玄湯  瘰癧侠★を療ず。

 連翹  玄参  升麻  羌活  梔子  木通  薫陸  甘草

 右八味水二合を以て煮て一合を取る。

 

水狗丸  労★初めて発し諸証未だ具せざる者を療ず。

 水狗(皮、腸胃を去り焼いて性を存す)

 右一味細末し糊丸し毎服三分、日に二、夜一、空心に黄耆湯にて送下す。

 

義順丸  疳労初めて発し咳嗽発熱盗汗黄痩する者を療ず。

 茶毘処煤  甘草  麝香

 右三味糊丸し空心に黄耆湯にて送下す、十五歳以上は毎服七分、日に二、夜一、以下意を用い之を減ず。

 

   柴胡加竜骨牡蛎湯  参連白虎湯(白虎湯方中に人参、黄連を加えるを参連白虎湯と称す)  酸棗仁湯  半夏瀉心湯  竹葉石膏湯  柴胡桂枝湯  柴胡姜桂湯(以上傷寒論)  大黄 虫丸(金匱)  五物解毒湯  化毒丸(下疳門に見ゆ)  肺癰湯  巫神湯  皮弁散(七巻中に見ゆ)

   

灸  四花 患門 脊際を挟みて連なり灸す。七椎際より十三四椎に至るべし。俗にはしご灸と云う。日に灸する三、四十壮。