疝   寸 白 

 

 疝は積聚と同因にて 血に属するなれども、見分けに少し変わる所あり。其の証候多端にて人々見つけざること有り。北風、或いは雨雪の前日より腹痛し、盛夏と雖も雷気を催し、北風・雹霰にても降らんとする時は腹痛す。雷ばかりにては病にさわらぬなり。婦人など朝より雷の催すを知りて頭痛するは虫積、にて芟凶湯の主とする所と又血分によるとなり疝に非ず。さて疝痛は左右に定まるなく、腹中隠々と痛み、之を按ぜば肋骨の下のあたり、或いは臍傍に絡脈太く塊をなさんとするもの有り。夫れを強く按ぜば陰股辺へ引きつりて痛むもの疝なり。寒冷に発するは誰も知れども、此の病とは縁をひかぬように見ゆる有り。積年の腹痛は皆疝に属す。則ち之を寒となす。桂枝加苓朮附湯・桂枝加附子湯、或いは烏苓通気湯、或いは甲字湯加附子も用ゆべし。烏頭にせねば附子にては一切に効かぬも有り。又芍薬甘草附子湯も奇効を得ること有り、腹の引っ張りを見るべし。桂枝加附子湯に甘草本目方にして用いるも妙なり。又心痛に似たる有り、背までも痛むは猶更当帰湯を用うべし。又 雑して痛むものは工彖散なり。 雑なきも用うべし。心痛と疝痛とは腹を按ずる中に知るなり。指も支えかねると云うと、按じてほどよしと云う所にて別るべし。 

 疝にことの外、気を塞ぎ万事を苦労にして取り越し、気癖になり、又乱心もせんと云う形をなす有り。世に潔癖を気疝と云う。是は己れより直さねば薬力にては治らず。終身の癖なる多し。人の事は汚く、己れの事はやりっぱなし有り。又己れの事まで湯水数度洗い浄める有り。此の潔癖も疝なり。左伝に「定公三年、 子門台に在り、廷を臨むに 、 水を以て廷に沃ぐ。 子之を望見して を怒る。曰く、夷射姑旋す(旋は小便)。命して之を執へしむ。得るなくますます怒る。自ら牀に投じ、爐炭に廃つ。爛て遂に卒す(廃墮なり)。先に葬るに車五乗殉五人を以てす。莊公卞急して潔を好む故に是に及ぶ(卞は躁疾なり)」と見ゆ。余常に云う、古昔の医法別にありて今の素難にて学ぶものにあらずと云う。是等にても考えみるべし。是は気疝病みの肝積持ちなり。今は卞と云う病も亦旋と云うことも通用せず、気病と云うものも疝に属すること多く、  ・驚悸と云う病門を立てたるもの皆気病にて貴賎貧福ともに存り入りたることを遂げず、心を傷つけて病むものは前にも云う素問の心気痿と云うものなり。婦人には血の道と称して其の中へ入れて細かに弁ぜず。別て婦人に多く、物音を忌み、或いは人を忌み、明かりを忌み、暗室に入りて静黙を欲すなど皆心気の痿たるなり。又昼日煩躁、夜にして安静なるは血症なり。件の気病に此の症を表わすこと有れば能く考えあわせて治すべし。男女共にある病なり、猶婦人門にて語らん、労 と見あわせるべし。とにかくに気を結ぶと云う所を問いて、疝なることをあわせ考えるべし。疝の候には腹の鳴ること有り。又瀉下するを疝瀉と云う。旧痢の止まりかね腹痛の甚だしきものに疝を治し手柄すること多し。疝瀉は止めるは悪し、裏急後重の気あらば合壁飲にて、あとは烏苓通気湯などよし。気疝に何のわけもなく凝り固まり、乱心せんと云うも、動悸強く見えば柴胡加竜骨牡蛎湯にて効あり。寒疝に腹痛吐食するものは胃反と同じ事なり、蔓倩湯奇験あり。 雑するは猶更なり。工彖散を兼用す。疝は心外に見えず所に病状変化あり事、虫積と同じ。ここに語りつきるべきに非ざれば、工夫して治すべし。数度に手柄するものは心痛の間違えと旧痢と陳久腹痛・持病と唱える積持ちなどなり。又水腫の腰部に多きは疝なり。脚気に疝を兼ねる有り、必ず心中に疝と云うものを置きて活動すべし。又積聚の論と考えあわすべし。

 湿疝は嚢、常に湿りて痒し。枯薬を敷くべからず。上逆耳痛眩暈すること有り。 疝は素問に出ず、俗にトンビンと云う。是は母多足も同症なること『叢桂偶記』に論せり。橙が奇薬なり。又橘核も用ゆ。又鋒針にて嚢の皮を切れば水を出して治すれども、又不日に溜まるものなり。十分に水をもちたる所を浅く刺すべし。

 婦人に疝気は無しと覚ゆる医あり。是は素問の任脈の病を為すや、男子は内結七疝、女子は帯下 聚と云うばかりを覚えて誤りたるなり。五臓生成篇に「黄脈の至るや、大にして虚、積気腹中に在り。厥気有り、名づけて厥疝と曰く。女子、法を同じく之を得て疾四肢をして汗出で、当に風せしむ」。此の外に色々の方書に婦人の疝を論ずること多し。

 古書に三蟲と云うは、 虫・寸白虫・蟯虫なり。世に疝気寸白と並び言うは此れなり。俚言に、さざへり虫と云うもの、寸白虫なり。『本事方』に曰く「寸白虫は先ず豬肉一片を食べ、乃ち砂糖水を以て黒鉛灰四銭を調え五更に之を服すと虫尽き下がる。白粥を食べること一日許り、学士 雑を病み、此れを服し二虫を下す。一寸断つ。一は長さ、二尺五寸節々斑文有るなり」と見ゆ。其の状平たくて長きことは程の知れぬものなり。丈余りにも及び、色白くて紫點紋ありて節をなす。之を下すとき、随分大事に物にからみて引き出せども、切れ易く切れば乍ちに肛内へ縮み入る。腰中冷痛を患えて疝と云う人、之を下して治したりと聞けども、余は未だ目撃せず。彼の虫を下すことは時々見聞きもしたり。余も壮時之を下すに半にて引き切れ、二日を経て又下る。静かに引き出すに、其の末と覚えたるは殊の外細く尖たり。下るの前後何の異なることも覚えず、之を下すの薬は未だ学ばず。芟凶湯にては下らず、或いは伝う「竹の皮を( なり)厳酢に浸すこと一日夜、黒焼きにして服すれば、寸白虫を下すと」。教わる如くするに験無し。然るに此の証候、寸白虫有りと云う看法も知らずれば其の虫の無き人に用いたるや、誠に癡人の夢を説くに斉し。間、脚皮中に屈曲して虫の状を作るを寸白と云うことあるは間違いにて得ると見れば、絡脈の切れて下せへ留まりたるなり。額上などにも見ること有り、必ず下の方へのみ留まるにて虫ならざるは知るべし。田間の人、濁酒を飲む故に此の虫多しと云うこと有り。果たして然るや未だ知らず。又件の脚皮中の絡の切るるも田間の人に多きと覚ゆ。

 

調中湯 頓医抄に産後一切の痢病を治とあるを寒疝腹痛に用うべし。其の方

  高良姜 当帰 桂枝 芍薬 附子 川 各一両  甘草半両

  右刻み合わせ毎服三銭、水三盞入れ一盞に煎じ、滓をこし、あつうて服せよ。此の薬施すことに効あらずと云うことなし。

 

立効湯 張 玉医通方

  山査子 苦陳子 枳実 朮 香附子 青皮各五銭  呉茱萸三銭  延胡索五銭

  右水煎じ服す。

 

  芍薬甘草附子湯 大小建中湯 桂枝加附子湯(以上傷寒論) 烏苓通気湯(方彙)

  桂枝加苓朮附湯  蔓倩湯 当帰湯 甲字湯 工彖散(蔵方)

 

 

 

叢 桂 亭 医 事 小 言   巻 之 三 終 わ り