水 腫   諸 瘡 内 攻 

 

 水腫の名は『水熱穴論』に出て、又水病とも。水気・水脹・ 腫・浮腫・腫脹・風水・湧水・徒 ・石水等の名、素霊に出で、又金匱に皮水・正水・裏水・気水・心水・肝水・肺水・脾水・腎水等の名を出してより、病源論・千金等に至り五 水あり。又五水・十水・十二水・十八水・二十四水、八十種の水気等種々の名目多くして数えがたく、又覚えることもならず。例の通り唐人の文華にて思い思いに名ずけて、今日の治理には一向に用に立たず。皆其の病因をば撃たずして外候にて名を付けたるもの多ければなり。其の委しきは此の所にて語り尽くすべからず、一通りは諸書を読まねばならず。猶奇験の良方も見付けること吾が業の第一なり。素問霊枢の論は水腫と鼓脹と混雑になりて有れば、其の場にて見分けるべし。

 さて水腫は夏月に多し。小便何時となく不通になりて、そろそろ浮腫す。是を治しやすき一通りの水腫とす。素問に「諸水気有るは微腫し、先ず目下に見るなり」とあり、又霊枢に「水の始まり起こるなり、目 上微腫して新臥起(今起きる顔)の状の如し。其の頚脈動じ、時に咳し陰股間寒く足脛 股乃ち大いに其の水已に成り、手を以て其の腹を按ぜば手に随いて起こる。裏水の状の如し。此れ其の候なり」とあり、手にて按ぜば凹に指の跡見ゆれども、間もなく起こりて初めの如くになるは実にて吉、いつまでも凹になりてあるは虚にて凶と云うこと古来の説なり。指にて推せども、一向に指の跡つかぬは水腫にはあらず。何病にもせよ、肥立ちかねて腫になるは本病の軽重にて、水の治も験、不験あり。痢病を無理に止め、或いは脱血・癰瘡・潰膿・虚損・失精・産後などの気血不調したるより発するもの多し。飲酒過度にて常に痰喘などありて、終に腫れるを酒腫と名ずく。痰飲に属すれども水腫なり。一旦に発せぬは治しがたしと思うべし。心下に凝りを催し有るもの、乃ち毒なり。是には四君子湯に犀角、呉茱萸を加え用うべし。又心下に堅く支結し、塊の如くにて縁には指のかかるほど際だつことあり。金匱に出たる「気分、心下堅大、盤の如く、辺旋杯の如く、水飲の作す所、桂枝去芍薬加麻黄附子湯之を主る」と云うものなり。此の症、下すべきに似たれども、腹満急痛などの証なきを以て下さず。是より漸々に周身浮腫するに至る。又枳朮湯も同証に用いてあり、虚実の分なり。肘後に気分と名ずく。今見る所、皆酒客の病にて、此の病を発して以来、酒気、鼻に近ずくことも忌む。十に七、八は難治なり。傷寒、熱解して既に肥立にかかり、足の甲に浮腫あり、夫れより周身浮腫するは附子の主る所なり。熱毒内欝して腫れるは大黄の主にて、傷寒篇論弁ず。混することなかれ。長病にて足の腫れるは虚候なれども、其の本病の善悪による外に看法なし。何ほど皮水にても皮膚ゴソゴソとして垢つきたるは治し悪し。津液の枯れたる形なり。大抵附子の腫れなり。其の脈取り難きほど沈みかくれなどするは不治なる者多し。今日半身腫れたるもの、明日は半身へ移るは軟なる腫れ多し。禹功湯別して効あり。皮水には防已黄耆湯を用ゆること脚気と同場なり。腰以下及び陰腫れに用う。是に腰以下腫れて、以上は痩せ衰えて骨立するは大虚の証なり。防已黄耆湯の場なれども八味丸、或いは壮原湯(方彙鼓脹)を用いること有り。多くは不治なり。腰以下腫れて痩のなきは疝に属するもあり。烏苓通気湯を用いて一、二服にて快利することあり。又陰腫れ火泡の様になり、或いは屈曲して蠑螺の如く、或いは嚢中に引き込み小便分流し、水を吹くが如きは通利の勢いあるなり。又嚢瓠の如く、或いは薬鑵の如く、或いは爛れて火傷のように痛楚するあり。婦人は玉門大いに腫れ、双脚を合わすこと能わず、大いに取り扱いに困るものなり。其の水、幸いに漏れ出て消えるも有り。又三稜鍼にて軽々に刺して水をとる。玉門は左右の皮の薄く見える所にて取る。管を入れて流るるようにする仕方もあり。嚢腫は悪症にはすれども皆必死には非ず。腹以下大腫し股陰などへ吹き切れ、自然に水漏れて、夫れにて格別腫れは減ずれども、元来不利より発せしなれば、又腫満す。偶には多分に水もれ全く癒したるも見たり。又吸瓢にて吸わせて癒えたるも見たり。千金方に「水病、腹上に水を出すを忌む。水を出す者、一月にして死す、大いに之を忌む」とあり、余先に見たる小腹陰股にて口を生じたりき。さて療治の恥辱、天地に面の向けべきなし。命の尽きる故に手仮残る姿なり。吹き切れ所より水漏れて愈えるほどならば、薬の験なきは云うわけもなき次第なり。     

 小便は清を以て佳とす。濁は不利の兆しなり。又白濁にて白粉をまじえたる如くは、虫積に属す。其の候は虫積に語る通り。常に異なる味を好かぬか、又嫌な酒などを好むか、常に白沫の唾を吐すか、呑酸するや、時々悪心の気あるや、此の悪心には食傷と云うほどになく味悪しくと覚えて食せんと云う位の停食にも有るものなれば、能く問いほして、若しや停食の悪心ならば中正湯なり。さて又虫積は唇の色朱をするか如くと、眉目の間、蒼黄色を隠々と帯ぶ。第一は心下で見覚えべし。是にてはずれぬものなり。先ず芟凶湯を用い、虫を下し後、本症を治するなれども、直に通じのつくことも有り。又本症の方中に鷓胡菜を加えて用ゆることも有り。唇赤、腹至って堅熱あるに消毒退熱散を用いて見るべし。の候も有るに似る、又無しにも似る。烏梅丸などを煎服して効無きに、小便赤渋ならば浄府湯を用い見るべし。小便黄濁し煎茶の如きは不利の常式なれども、是に 血、疝塊に属するも有り。又脂の如きは腎虚の候とす、八味丸を煎服す。金匱の痰飲篇及び水気篇を合わせ見て治すべし。留飲と水気とは同体にして、咳喘悸等を帯びるものに随いて方を按ずるなり。水腫は五味変なく食を進むものなり。胃中に邪なき故なり。又堅き腫れは寒熱して食を欲せず。是には脚気あれば意を留めて誤ることなかれ。膈間水気あるは十棗湯・滾痰丸・桃花湯を撰用す。

 水蠱と云うは水気にて腹の張るにて別義なし。『叢桂偶記』に弁たり。『香祖筆記』に糸瓜と巴豆二味の方あり。至って能く水を下す奇方なり、用ゆべし。又赤小豆は水を利するの奇品なり。売薬の禹水湯は赤小豆一味を人の知らぬように黒く炒りたるまでなり、と或るの伝なり。赤小豆炒るときは其の効益良いと云う。又林一烏と云う医の水腫を治するの奇法あり、時々用いて奇験を取る。先ず病人の飯を禁じて食さず。尤も汁も菜も一切に禁ず。只赤小豆を煮食せしむ。夫れには砂糖・醤油・塩、何にても好きにまかせて和し、朝夕に食せしむ。至極厭きて食べ兼ねるは麦を間に一度ずつも食べさしむならば赤小豆計を食すべし。始めのほどは嫌がりても、とどめて通しつけば自ら進んで食す。腹内赤小豆に成り、大便に赤豆計出るに至りて快利するものなり。若し穀食すれば立ちどころに不利になるもの有り。林氏は是を脚気に用いたるなり。其の薬方は三百金に換えんと頼めども秘して許さず。故に人間に伝えずと鹿門の又玄餘草に見ゆ。山脇先生一烏が奴より浪華の一隠士に伝えたる方を得て、遥かに書を寄せ伝え来る。是亦『叢桂偶記』に詳に記すれば見るべし。三輪神庫の方も記しおけり。水腫は塩絶ちをして通るものなり。故に塩辛は猶更、厚梁魚肉を禁じ、麦飯・梅・ひしおなどか、昆布の煮出しにて仕立てたる物を食す。例えば麦麺を食すとも、右の煮出しにて食すべし。

 千金方に「水に十種有り、治すべからず者五有り。第一は唇黒は肝を傷る。第二は欠盆平は心を傷る。第三は臍出るは脾を傷る。第四は背平は肺を傷る。第五は足下平満は腎を傷る。此の五傷は必ず治すべからず」とあり、余按ずるに手掌平満も悪候なり。腫の看法なれば心得置くべし。五候共に先は違わず候法なり。臍の凸出するは鼓脹脹満共に凶候なり。小児は必ず然らず。

 煩渇して咳するは越婢湯、黒胎あらば少しく承気を投ず。大便秘せば猶更なり。大便通利して小便通ずるは誰も常に行なう事なれども、自ら下利するにも、渋ると云うには用うべし。白胎を薄くかけて潤いの有るは実腫の軽症なり。若しカラカラとするほど乾くは虚候なり。胎なく、しらけ乾燥甚だしいは極虚にて先ずは不治の舌なり。又黄を帯びても潤いあるは実腫なり。

 水腫の内に脚気に似たる所あるは、合病なるや。何れ脚気にもしがたく、又水腫とばかりも云いがたき症、導水茯苓湯を用うべし。症によりて郁李仁を加う。郁李は殻を去りて仁ばかりを用う。能く水を下す。何薬へも加え用ゆること有り。又下血後、浮腫・微寒熱、は全く血の道の形をなし、或いは悪心などは巫神湯なり。又脱血の後、虚腫喘悸するは黄胖あり。心得るべし。水腫にも黄胖の候を尋ね求めて、鍼砂湯にて心外の効を取ることあれば心を留めて診すべし。黄胖と見たら皇盤丸も兼用すべし。

 婦人産前の腫れは苦しからずと雖も、なきにはしからず。胎の成長するに随いて鎮帯にてしめ切る故、自然と胎下へ下り膀胱に逼る故に不利になり、引き続き産後水腫を患う有り。早く腰湯する者に多し、禁ずべし。血熱を帯びて渇するは巫神湯、脈浮数なれば別て験あり。洪腫して熱無しは禹功湯。治水散をば諸湯に兼用するも良し。 血凝滞、子宮もあんばい悪しきは琥珀湯、何ほど薬にても飲水の多きは損になれば仙受散を用ゆべし、大奇験あり。産後の腫れは子宮下垂し、口を斂まず孔を塞いで通ぜずに、頻に閉じて一滴も泄さざるようにならば、洩閉術を行なうべし。方は琥珀湯なり。新たに産して兼ねて有合の の居所を変え、膀胱に逼って尿道を押せば不利して腫になるあり。此の二つは産後の腫の病因になること多し。即ち転胞にて巴豆膏の類、臍下の伝薬の功ある所なり。物に塞がれて閉じたるは知りやすしけれども、少しずつは小水通ずれども血気俄に動たる跡は腫れるものなれば、乍ちに水腫となる。素より内因の不利と違う故に、始めのほどは寒熱なく一通りの水腫に病む。陰内の障ると云うことを弁して鎮帯を去りて、腹の平和ならんことを欲す。又産難痔疾に響いて腫痛し便道を妨げること有り、乙字湯を以て痔を治すれば快利す。又全く 血の因に係わるは甲字湯なり。是等の事は婦人門に語るべし。

 諸瘡内攻して腫れたるは水腫の形なれども治法は異なり。是も衝心急にして脚気と同じ大病とす。外候を極めざれば内攻と水腫と混じやすし。内攻の腫色も脚気と同じに肉の間に腫れたる多し。呼吸迫す、寒熱・渇・胎もありて急に治せざれば死に至る。瘡痕未だ滅びずにあるは治しやすし。平身に成りて日を経たるは治し難し。又寒風に逢い、或いは夜行、或いは雨水に濡れなどしたるは、瘡所なりは膿汁を出し、或いは新たに発する瘡も有るが中に内攻するあり。火にあぶれば瘡の痒き所、甚だ快きを覚えて頻りに烈火に近ずけ、は薬湯、或いは温泉方の薬湯に入り、或いは伝薬にて治したるは、別て内攻す。常の湯を浴したるも、内攻すること死生を以て論ず。瘡疥は皮上の病を以てせざるに至る、慎むべし。発表を帯びて通利の方を用ゆ。赤小豆湯、或いは琥珀湯、煩渇せば越婢湯、熱勢あらば犀角を加う。凡そ諸薬効無きものに聖韮湯奇験あり。反鼻の入りたる方は瘡を再び膿かえさせんの主意にて大事の目の付け所なり。猶通じつきかねば小瘡の摺り薬をすべし。表へ吹き出せば立ちどころに小便快利するなり。或いは伝う、衣へ巴豆を焼き込むこと掛け香の如くして着せしむれば、周身に瘡を発して快通すと。是も一法なり。呼吸急迫、心下結滞するは甘遂丸・紫円の類にて下さねばならず。下さして乍ち瘡の発することあり。気急の劇しきは遠慮なく下すべし。内攻に一種水気なしに只気を塞いで気癖のように憂慮・細慮・繊思に至ること有り。是も発散して再び瘡の出ることを要とす。又頭瘡は伝薬にて眼に入りて赤痛、或いは翳をなすは速やかに治せざれば盲になる、鉛丹膏なり。又小児は常に小疹を発するものなれば浴するによりて内攻して腫をなす。小児の腫は多くは内攻より発す。外候を詳らかにすべし。又疳を患いて後に水腫を煩うを疳水と云う。治方大人と異なることなし。疳薬を帯びて用ゆるなり。

 

禹功湯 水腫を療ず。

  赤小豆四銭  商陸三銭  木通 猪苓 冬葵子各一銭

  右五味、水二合を以て一合に煎じ、日に二剤、或いは三剤。気急者は甘遂丸・備急丸  輩を与う。而して後、此の湯を用う。

 

桃花湯 水腫逆満を治す方。

  桃花(二銭末開く者は佳)  大黄二分

  右五味、水二合を以て煎じて一合を取り、日に二剤、或いは三剤。瀉水注の如く。

 

桃花散 停飲を下す方。

  桃花(開かざる者は佳)

  右一味、末と為し、空心白湯にて頓服二銭、後に温酒を性に任す。頃刻当に水を瀉す  るべし。宿酒を患うは立ちどころに験あり。

 

琥珀湯 産後水腫、或いは諸毒腫を生じる者を理す方。

  琥珀一銭  商陸 鶏舌三分  反鼻五分(細く刻む)  猪苓七分

  右五味、水二合を以て煎じて一合を取り、滓を去り温服すること日に二剤、或いは三  剤。瀉水注の如く。

 

摺り薬 肥前瘡任再者数肌表に摺る。速やかに発す。慎んで眼胞及び陰所に近づけるこ

    となかれ。

  巴豆 大黄 菎麻子 黒胡麻各等分

  右四味、細く刻み絹袋に盛り、酒にて漬け数摺る。洗浴を禁ず。毒尽きるを候い、而  して浴す。

 

赤小豆湯 諸結毒内攻し腫満するを治す。

  赤小豆五銭  鶏舌三分  大黄二分、或いは三分  麻黄八分  反鼻五分(細く ・刻む)  猪苓七分  商陸根二銭(生にて用う)

 ・右七味、水三合を以て先ず赤小豆を煮て一合に減じ、諸薬を内れ煮て一合を取り、滓 ・を去り温服すること日に二剤、或いは三剤。

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  木防已湯 十棗湯(以上傷寒論) 越婢湯 腎気丸(以上金匱要略) 平水丸(転胞・ に見る) 導水茯苓湯(方彙) 鉛丹膏(痘瘡に見る) (藏方)巫神湯 治水散 ・ 仙受散 聖韮湯 甘遂丸

・『香祖筆記』に曰く、元の鮮于伯機、★醫宋會之なる者、善く水蠱を治するを記す。乾・糸瓜一枚を以て、皮を去り、剪り砕き、巴豆を入れ黄色を度と為し、巴豆を去り糸瓜を・用い陳倉米を炒り、糸瓜の多少の米黄色を候い、糸瓜をさり之を研し末と為す。清水に・和して丸と為すこと、桐子大の如くす。毎服百丸皆癒ゆ。

・(宋言う、巴豆は水を逐い、糸瓜は人の脈絡に象す。去りて用いず。其の気を籍して以・て之を引くなり。未だ胃気を投ざずなり。○予嘗て試みるに、大瀉傾ける如く、巴豆の・分量を説かず。予は試みに一銭を以て製したりき)。