芦 生 の 薬 物 

芦生は京都府宮津市に注ぐ由良川の最源流部に位置し、京大演習林として広大な原生林を有している。中井猛之進博士は、「植物ヲ学ブモノハ、一度ハ京大ノ芦生演習林ヲ見ルベシ」と論文の中でも紹介されている。植物だけでなく、クマのいる演習林としても有名で、原始の自然が濃く残されているところである。  

この芦生の自然の薬物を考察してみた。

熊 胆 
熊胆は薬局で入手できるものは例外なく臭いがきつく、牛胆・豚胆・松脂などを混ぜた製造品であろうか。無臭のものは見たことがない。なかには重量を増やすために鉄砲の弾とかコインが胆の中に入っるものもある。こういうものはかえって混ぜ物が少ないとかえって喜ばれているのには笑ってしまう。市場品はすべて偽物といえそうだ。本物の熊胆の混入量の割合によって品質が決まる。 時代劇で道端にご婦人がお腹を押さえてうずくまっているのはシャクの病で、現在の病名でいうと胆石発作のようなものだろうか。漢方では、肝臓疾患を肝の病、胆嚢疾患を癪の病で、肝臓と胆嚢を病む人を癇癪持ちという。肝は癇に通じる。「しゃくにさわる」というのはけっして自分がいう言葉ではなく、他人から「そんなに怒ると癪に障りますよ」といわれるものである。現在でも胆石には熊胆の主成分であるウルソオキシ酸を使用する。しかし合成品よりも本物の自然のものが良いのは当然である。ところで時代劇といえば、水戸黄門の有名な印篭がある。当時は携帯の薬入れとして使用していたようだが、当然水戸黄門の印篭にも熊胆は入っていることだろう。 芦生の人に聞いてみると、熊胆は何にでも効くが常用すると麻酔が効かなくなるので、よっぽどのときでないと使わない、とのことであるがどんなものだろう。

マ ム シ 
今西錦司博士は随筆で、芦生ほどマムシの多いところはない、と書いていたが、実際いたるところで目にする。お盆に三国岳から大谷に下ったときには一日で十匹以上のマムシをみた。なかには四センチ程のがフキの葉の上で遊んでいるのもいて、微笑ましい光景であった。 マムシを知らない人は必要以上に恐れるが、実際はヤマカガシやシマヘビよりもずっと温厚な性格をしている。動作も緩慢で、道の真ん中で死んでいる蛇かと近付いてみると、たいがいは陽なたぼっこをしているマムシである。棒でつついてちょっかいだすと、じゃまくさそうにゆっくり逃げていく。 マムシに咬まれる事故は、ガレ場を登っていて出会いがしらにマムシを触ってしまったときとか、河原での休息の際に手をついたら、たまたまそこにマムシがいてやられたというのが多い。 マムシは古来強壮剤として知られているが、漢方では虚証に用いる。虚弱児の寝小便や体質改善などにも効果がある。伯州散はマムシ・鹿の角・モクズガニの黒焼きを混合したものであるが化膿性疾患に著効がある。ただし熱実のものには用いない。 マムシ酒の造り方は、マムシを生きたまま一升瓶の中に入れ、瓶の口に逃れられないよう枝木を隙間なく差し込み、餌をやらずに一~三ヵ月間飼う。瓶の中が汚れたら水を入れてその都度洗う。マムシの体内物が完全になくなるのを確認してから、焼酎を入れてそのまま瓶の口を密封して保存する。上手にできるとビタミンのような何か香ばしい酒になる。酒を入れるまでに逃げて家の中に隠れてしまった、というのも聞く。そんなところでは安眠できないので注意してほしい。

ト リ カ ブ ト
野田畑から上谷あたりの水際に群生している。 象形薬物学から考えて、トリカブトは陰証に使用するので日陰に生えている、と主張する人もいるが、実際には日当たりには関係なく、必ず水辺の湿地に生えている。地面は湿っていて柔らかい土にあるので簡単に引き抜ける。 かつてニリンソウと間違えてトリカブトを食べての中毒死が新聞で報道されていた。トリカブトの新芽はニリンソウとそっくりで、また同じ場所に生えるので鑑別がむつかしい。時期を過ぎるとトリカブトが大きくなるので容易に区別がわかるので、春はニリンソウを採らないほうがよいだろう。 漢方では根をそのまま乾燥したものを烏頭(うず)、加熱して減毒加工したものを附子(ぶし)と区別しているが、毒性が強いので素人は扱ってはいけない。かつて牧野富太郎と双璧であった、著名な植物学者の白井光太郎博士が烏頭中毒で亡くなったのは漢方界では知らぬものはいないだろう。専門家でさえ中毒するのである。またアイヌが熊を射つ矢につけた毒として有名である。トリカブトは熱を加えると減毒されるので、熊の肉を食べても大丈夫なのである。 漢方での適応は、冷え・痺れなどの新陳代謝が衰えた状態に用いるが、興味深いのは中毒時にも同じ症状が現れることだ。

竹 節 人 参 
中山神社の林間の陰地によく見られる。芦生のはすべて総思様人参である。総思様人参は竹節人参の亜種で、赤い実に目玉のような黒点がある。根茎は竹節人参よりもやや小さめであるので薬用としては効率が悪い。日当たりの悪い林の中で、この黒い目玉にあうと思わずドキッとしてしまう。 根は名前の如く竹の節のようになっていて、一節1~3センチくらいのものである。有名な漢方薬、小柴胡湯の原料としても使用されるが、一年かかってできた一節を人間はたった一日で飲んでしまうのである。ましてや毛はえ薬として頭につけられては竹節人参としてもやりきれないだろう。 薬用人參は江戸時代に栽培が成功するまでは非常に高価なものであった。多くの処方に人参が使用されているが、吉益東洞が竹節人参を採用した一因は値段も考えてのことだろう。

エ ン ゴ サ ク 
これも中山神社の林間の辺りで見かける。小さく本当に愛らしいこの花はいい香りがする。これの根につくコブが漢方薬に使用するのであるが、採集するためにこの植物を引く抜くにはあまりに可憐過ぎる。 漢字では延胡索と書き、漢方では鎮痛効果がある。よく宣伝されている「漢方胃腸薬」にも配合されている。

イ ワ ナ 
これをはたして薬といっていいのかどうか迷うところであるが、イワナの骨酒は強壮酒として知られている。これはフグのひれ酒と同じで、昆布やスルメとも通ずるアミノ酸の旨味であろう。古来このアミノ酸のはいっているものは強壮剤として有名で、結婚式に昆布やスルメを使うのも子孫繁栄を望む知恵からか。 イワナの骨酒といわれるが、別にアマゴでもヤマメでもかまわない。芦生には全部いる。ただアマゴは養殖かその末裔である。源流域にはヤマメとイワナが混成している。最源流の川幅が三十センチ程の溝みたいなところでけなげに住んでいるイワナは釣り師には教えたくない。 内久保でかやぶき屋根の民宿を営んでおられる森さんによると、骨酒はイワナを焼いて食べてあとの頭と背骨を香ばしく焼いたものを漬ければよいとのこと。なるほど身がもったいないもんなあ。

ケ マ ン 
林道の始めにあるトロッコの橋をこえると、最初に目を和ましてくれるのがこのケマンである。花の色によってキケマンとムラサキケマンにわけるが、ここには両方がある。日本では薬用にはせず、むしろ毒草として知られている。

ア シ ュ ウ テ ン ナ ン シ ョ ウ 
マムシグサとテンナンショウの詳しい違いは知らないが、薄暗い林内での赤い実はひときわ目立っている。サトイモ科はほとんどが毒草で、食用のサトイモやコンニャクも十分にアク抜きをしないと当たる人もいる。テンナンショウの実の鮮やかさには思わず口にしそうな誘惑がある。

ホ オ ノ キ 
原生林で見かける一番大きな葉をつけているのがホオノキで、トチノキに似ているが、それよりも大きく葉に切れ込みがない。ホオ葉味噌は有名である。大体の植物は抗菌作用があるので、昔からおむすびを包んだりして利用している。ホオ葉は大きく柔らかいので利用しやすい。漢方では厚朴といい、樹皮を利用する。良い薫りがするので気剤として、腹部のガスをよく出す。

ト キ ノ キ 
天を仰ぎ苔に包まれ欝蒼とした大木はトチノキが多い。 春の新芽は異様でよく目立つ。庭があれば一本植えたい木である。

ア セ ビ 
演習林奥部の道に両側に由良川が流れる気持ちのいい尾根筋がある。このあたりはアセビが群生している。 漢字では馬酔木と書くが、実際は酔うどころではないらしい。

ザ ゼ ン ソ ウ 
トロッコ道沿いに遡行していると源流に近づくにつれて植物相が変わってくるので楽しい。ザゼンソウはスイバよりもっと大きな葉でつやつやしている。葉っぱを少しちぎってみると嫌な臭いがする。早春には雪の中に花を出すというが見たことはない。

シ ャ ク ナ ゲ 
春頃由良川源流の難所である鎖場を上がりきると、シャクナゲが迎えてくれるのは堪らなくうれしい。ハスの花と同様、何かこの世のものでないような美しい妖しさがある。

ア ケ ビ 
春に長治谷の先、4メートルくらいの幅の源流を渉ると芳香がただよってくる。アケビが満開である。花の薫りもよいが秋の実も漢方では木通、または通草と呼び、体の循環を通ずる意味もある。利水、抗炎症などに使用する。またつるをあんで篭を作り、新芽は山菜にもできる、有用な木である。

ク ズ
どこにでもある生命力の逞しい草である。なめこ組合から演習林の入口まで右側の道に密生している。クズの採集は大変だ。根を掘ろうと蔓をたどっては十米はざらにある。さらに大根のような大きい根を掘るのは根気がいる。 店で売ってるクズ粉は馬鈴薯でんぷんであるので、本物のクズ粉は奈良の森野薬草園でしか入手できない。一度自製品を造ってみたい。

ド ク ダ ミ 
ドクダミを見つけると少し摘んでポケットに入れておくとよい。臭いはきついが重宝このうえない。虫刺され、切傷などなんでも使える。生の葉をもんで蓄膿の人の鼻中に入れると膿がでて鼻が通る。蓄膿の人は臭いがわからないので生のドクダミも臭くない。

ヤ マ ノ イ モ 
以前に野田畑峠に向かってめったに人の入らぬ路を歩いていると、爆弾が落ちたようなでっかい穴が何箇所もあいていた。ヤマイモを掘った痕である。いくら人の通らない道とはいえあまりにもひどい。芦生を歩く人にこんな不埒なことをするものはいないと思っていたが・・・。

ア マ ド コ ロ  ナ ル コ ユ リ  フ キ 
これもどこにでもある。ドクダミほどではないが、消炎効果があるので虫刺されなどに使用できる。意外なのは葉っぱを天ぷらにするとうまい。花であるフキノトウも天ぷらのほか、刻んだものを味噌と一緒に混ぜて酒のあてにしてもよい。

ヒ ガ ン バ ナ 
救荒植物として有名で、根は有毒であるがデンプン質を多量に含んでいる。毒は水に晒せば抜けるので食用にできる。 浮腫には根をすりおろしてメリケン粉と混ぜて足の裏にはる。漢方では足の裏は腎の関係深いところで、浮腫にはかかとの中央にお灸をすえる。

リ ン ド ウ  コ ブ シ 

メ グ ス リ ノ キ  タ ラ ノ キ 

マ タ タ ビ  ウ ド 

イ カ リ ソ ウ 
この花も可憐である。繊細である。薬効は強壮薬として有名であるが、この花を抜いてまで強壮にはなりたくない。

ヨ モ ギ 
昔から食用と薬用によく使われている。薬効で有名なのは止血作用。生の葉を揉んで傷につけるか貼ってもよい。漢方でも乾燥したものを他の薬を合わせて下血や吐血などの出血に用いる。乾燥したものを浴剤につかっても気持ちがよい。冷え性や乾燥肌には非常に効果がある。

オ ウ レ ン 
芦生に行く道の途中にある、喫茶ワイルドベリ-周辺にはオウレンが自生していて、他の草が芽吹く前の春先には、杉山の斜面すべてオウレン・オウレン・オウレンである。地元の人はただの雑草だと思っている。